◆ | きっかけは一本の電話から |
2008年の夏、きっかけは味の素株式会社(以下「味の素」)がアミノ酸の新規用途開発に取り組んでいたころの一本の電話だった。
ア ミノ酸はタンパク質を構成する栄養素であり、栄養ドリンクなどに含まれていることは知っていたが、コンクリートに混ぜるという発想には驚いた。そもそも、 コンクリート工学に長年携わってきた土木技術者として、コンクリートに異物を混ぜることなどありえないと思っていた。しかし、有機物であるアミノ酸と、無 機物の象徴のようなコンクリートの組み合わせは斬新であり、面白いと思った。
当時、藻場造成などの水域における環境配慮としては、コンクリート構造物の形状を工夫した手法は幾つかあったものの、素材自体を工夫する手法は模索中であった。もしかしたら、コンクリートのイメージを根本から覆す発見があるかもしれないと思った。
◆ | アルギニンにたどり着くまで |
一般に、コンクリートに異物を混ぜると固まりにくく、本来の機能である強度が低下するといわれている。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の中から、強度を保ちながら環境機能を発現するアミノ酸はどれか、その配合をどうするかは重要な課題である。
混和方法や強度発現状況を確認するため、種類や濃度、混和条件などを変え、数百のテストピースを試作した。固まらないもの、変色するもの、斑点模様のものなど、想定の域を超えた現象が頻発し、トライ&エラーを繰り返した結果、「アルギニン*1」というアミノ酸にたどり着いた。アルギニンは親水性が高く、コンクリート練り混ぜ時に混和することによって均一に分布させることができ、必要なコンクリート強度も確保することができた。幾つもの試作を重ね、コンクリートと相性の良いアミノ酸を発見することができた。
◆ | 異業種コラボレーション |
コンクリートと相性の良いアミノ酸にたどり着いたものの、食品・アミノ酸メーカーである味の素、コンクリートブロックメーカーである日建工学の知識だけでは、本来の目的である水域環境の効果検証ができない。
そこで、海洋環境の専門家である近畿大学農学部水産学科非常勤講師の中西敬氏(現 日建工学株式会社技術部長)と共に沿岸域の環境問題に取り組んでいた、徳島大学大学院の上月康則教授に打診したところ、大変興味を示していただいたのである。
ここに日建工学、味の素、徳島大学という異業種のコラボレーションによるプロジェクトが立ち上がった。そして、日本の川や海を元気にすることを目標とした新たな素材は「環境活性コンクリート」と名付けられたのである(図1)。
図1 異業種コラボレーション
2009 年夏、小島漁港(大阪府泉南郡岬町)、尼崎港(兵庫県尼崎市)、小松島港(徳島県徳島市)という条件の異なる海域において、現地実験を開始した。また、そ れと並行し、小松島港沖洲地区にある共同臨海実験所内の水槽を用いて基礎的な室内実験も開始した。さらに、アユで有名な椹野川(山口県山口市)では、河川 の現地実験も開始した。
実験方法や検証方法に関する共同研究会議においては、異業種ならではの発想や着眼点から三者三様の意見が飛び交い、大いに盛り上がる議論であった。
◆ | 川や海が元気になる |
室 内実験の結果から、コンクリートに混和されたアルギニンが少しずつ放出され、コンクリート表面に付着する微細藻類の生長を促進させることが分かった。通常 のコンクリートに比べると、その生長速度は5〜10倍(図2)、その量は約3倍(図3)となった。また、ワカメなど大型海藻においては、生長の初期段階で 明確な差が確認された(写真1)。
図2 コンクリート表面の微細藻類の生長速度
写真1 環境活性コンクリートに大きく生長したワカメ
現在では、北海道から沖縄まで全国80カ所を超える川や海に環境活性コンクリートブロックを設置しており、気候の違いにも左右されず、効果があることも分かった。さらに、海ではアワビやサザエ、川ではアユやウナギが集まってくることも確認された(写真2、写真3)。
写真2 表面の微細藻類を摂餌するアワビ
写真3 表面の微細藻類を摂餌するアユ
ま た、公益社団法人日本材料学会において、コンクリート材料としての検討を実施し、コンクリート構造物として必要な各種強度(圧縮・曲げ・引張り・付着)は 設計値を下回らずに所定の強度を確保できることが明らかになった。室内実験の研究成果より持続期間は少なくとも15年程度と見積もられており、2016年 4月現在、現地実験では8年間にわたる効果が確認されている。引き続き、現地実験での効果を検証し、研究を進めていく予定である。
◆ | いのちをつくるコンクリート |
高 度成長期、わが国の社会基盤整備は、経済性や国土保全などを主眼に進められ、その中でコンクリート構造物は必要不可欠のものであった。しかし、その画一的 な構造は、時に豊かな自然を破壊する象徴のように指摘された。そのような中、1990年代に環境基本法、改正河川法、改正海岸法などに環境配慮の考えが組 み込まれ、構造や形状の面でさまざまな工夫が施されてきた。
環境活性コンクリートは、従前の構造や形状での工夫に加え、素材そのものに環境機能を付加した、新たな素材となりうるのである。
近年、東日本大震災、巨大台風やゲリラ豪雨による水害の発生により、安全・安心な暮らしが脅かされ、防災面でコンクリート構造物の重要性はあらためて高まってきている(写真4)。
写真4 国土保全事業での活用
「い のちをまもるコンクリート」から「いのちをつくるコンクリート」へ。環境活性コンクリートは、環境と防災の両立を目指すものである。また、高度成長を遂げ るアジアの新興国においても、防災と環境の両立は求められている。この「世界初、日本発」の環境活性コンクリートが、各国の社会基盤整備で貢献できること を期待するものである。